今回は、高校化学でも登場する有機反応であるエステル合成反応を中心に、その反応が起こるメカニズムを解説します。その細かい分析を通じて、なぜエステル合成に酸触媒が必要であるか、加えてエステル化は可逆反応であるかを読み解きます。最後に、アスピリンの合成反応や身の回りのエステルの合成も、この種の縮合反応の応用例として、記述できることをお話しします。
今回は、高校化学で登場する反応を、大学学部レベルの視点から解説する暴挙に出ます。主な読者には大学生を想定していますが、高校生も背伸びして読んでほしいという思いを持って書いたので、もしわかりにくい部分があれば遠慮なくコメントをください。
エステル合成反応の 2 つの疑問
さっそくですが、本記事の出発点として、酸触媒条件の酢酸とエタノールの反応による酢酸エチルの合成反応を取り上げます。
注:「なんだ、上のジグザグの構造式は?」と思った高校生の読者のために、高校化学的な構造式を下に書きました。ジグザグの構造は、線構造式と呼ばれます。線構造式について、要点だけを解説すると、線が折れている部分に炭素原子があり、水素原子は省略しています。以降は線構造式のみでお話しします。めんどくさいからではなく、情報が適切に省かれており、見やすいからです。
反応の形式に注目すると、出発物のカルボン酸中の OH 基が エタノール由来の CH3CH2O 基 (赤で書いた部分) で置き換わっています。そして、副生成物として水が生じています。次に、反応式のうち、出発物や生成物以外の部分を見てみます。出発物と生成物は可逆反応の矢印でつながれています。加えて、その矢印の上に H+ と書いてあります。つまり、「酸触媒を使え」と言われています。座学の知識としては「酸触媒はどこに効くのか」あるいは「なぜ可逆反応なのか」という点を暗記しようとすることは煩わしいです。しかし、実際に実験するとなると、この事実をなんとかするための工夫が必要であり、無視できません。
というわけで、これら 2 つの疑問について理解できるように、分子の気持ちになってこの反応機構を一段階ずつ見て行こうと思います。(反応機構ってなんだ? という方はこちらの記事へ。反応機構について一言で説明すると、「ある反応がどのようにして起こっているかを電子の動きで表現したもの」です。)
第一段階: プロトン化された酢酸が、アルコールを引き寄せる
はじめにカルボニル基の酸素が、非共有電子対をプロトン H+ に差し出して結合を作ります。続いて、この正電荷を帯びたカルボニル基がエタノール中の酸素の非共有電子対を引き寄せます。このとき、エタノールの酸素原子が、カルボニル炭素を叩いて、C=O 二重結合の π 電子をカルボニル酸素へ移動させます。
「酸触媒はどこに効くのか」に対する答え 1
このまま、話を進めてもいいのですが、少し立ち止まって、先ほど挙げた質問の一つ目である、「酸触媒はどこに効くのか」という問題に答えます。上の説明を読むと、どうやら「エタノールが酢酸に攻撃する前に、酢酸のカルボニル基がプロトン化されている必要がある」ということがわかります。ここで誤解してはいけないことは、カルボニル基は後々にエステル化される運命を見据えて、よっこらせと足を動かし、プロトンを受け取りに行っているわけではないということです。つまり、プロトン授受のような反応は、酸性溶液中で素早い平衡状態にあります。したがって、「第一段階としてカルボニル基がプロトン化される」と考えるよりも、「プロトン化されていない酢酸分子も反応溶液中にあるけれど、プロトン化されて正電荷を帯びたカルボニル基に、エタノールが引き寄せられる」と考える方が妥当かと思います。
では、「なぜ正電荷を直接帯びているカルボニル酸素に、エタノールが攻撃しないのか」とツッコみたくなった人は、原子の電気陰性度を思い出さなければなりません。つまり、酸素原子と炭素原子では、酸素原子の方が電気陰性度が大きいので、π 電子を酸素原子側へ移動させるために、エタノールがカルボニル炭素を攻撃するのです。
エステル化の反応機構の続きに戻ります。
第二段階: プロトン移動
エタノールの攻撃を受けた酢酸は、エタノール由来の酸素原子から 3 本の手がのびており、正電荷を帯びています。そこで、プロトンを 1 つ放出して、中性の分子に落ち着きます。続いて、OH 基の酸素原子が、孤立電子対をプロトンに差し出して、正電荷を帯びます。
はて。この一見無駄なプロトンのやり取りは何の意味があるのでしょうか。ここでも、注意しておきたいのは、今、反応を起こそうとしている分子たちは、やはりエステル化を受ける運命にあることを意識していないということです。このプロトンのやり取りは、単なる酸塩基反応であり、反応は溶液中で絶えず行ったり来たりしています。このプロトン移動の恩恵を理解するには、次の段階が起こるまで待たねばなりません。
第三段階: 水を追い出す
いよいよ反応のクライマックスになります。酸素原子が非共有電子対を炭素側に押し流すことによって、水を炭素から追い出します。最後に、酸素原子上がプロトンを失えば、エステルが生成します。
「酸触媒はどこに効くのか」に対する答え 2
ここで、「酸触媒がどこに効くか」という問いに対するもう一つの答えを紹介します。一つ前のプロトン移動の段階で、中性の中間体が生じていました。この中間体から、直接 OH– が追い出されることは、ないのでしょうか。答えは、「考えにくい」です。なぜなら、OH– は反応性が高い強塩基であり、そのまま野放しにすることはできないのです。そこで、「あらかじめ OH 基を中和して H2O という安定な分子すること」が、酸触媒の 2 つ目の役割になります (イメージ的にはわかりやすいと思ってこのような説明をしましたが、厳密性に欠けるので注意が必要です。大学レベルの言葉を借りれば、「脱離基の pKaH (脱離基の共役酸の pKa) を低くし、脱離能を高めること」と言えます。脚注1))
反応機構のまとめ: 引き寄せて、追い出す
これらの一連の素過程をまとめます。今回の記事でピックアップする電子の動きは、「引き寄せて、追い出す」と詠むことにします。このエステル化反応は一見するとステップが多く複雑であると思われがちですが、プロトン移動の段階を「±H+」のように省略すると本質的な部分が見やすいです。この反応の本質的な部分とは、(1) プロトン化されたカルボニル基がアルコールを引き寄せて起こる付加反応と (2) 酸素の非共有電子対の追い出しによる水の脱離反応です。
「なぜ可逆反応で書くのか」に対する答え
反応機構についての解説は終わりましたが、「なぜ可逆反応なのか」という問いに答えていませんでした。今回生成したエステルは、その生成と全く同様のステップを踏んで、カルボン酸へ戻ることが可能です。これまでの文章で、何度か強調してきたことですが、反応が進行中の分子は、「エステル化されるぞ!!」などと意気込んでいないわけです。逆に、生成物のエステルも「俺様は最終生成物だ。これ以上反応してたまるものか。」なんて威張っていません。つまり、エステルも反応を受ける可能性があります。具体的には、酸触媒により、プロトン授受の平衡にあります。このとき、反応系中に水が存在すれば、プロトン化されたエステルは、その水を引き寄せます。そして、プロトン移動を経て、アルコールが追い出される反応経路も十分に考えられるのです。
この記事では、実践的な話は詳しく述べませんが、エステル化反応をより効率良く進行させるためには、Dean–Stark 装置を使用して反応系中から強制的に水を除去するか、アルコールを大過剰に使用するなどの工夫が必要になります。
縮合反応を俯瞰する
最後に、この種の縮合反応を含む反応をざっと俯瞰します。まずは高校化学で出てくるものから。エステル化反応としてわかりやすい例では、消炎鎮痛剤に含まれるサリチル酸メチルの合成が挙げられます。この例では、カルボン酸の部位を提供する成分としてサリチル酸が用いられ、そしてアルコール成分としてメタノールが用いられています。この反応はエステル化反応そのものなので、説明は不要でしたか? では、アスピリンの合成はどうでしょう (関連記事: アスピリンの合成 ∼はじめての化学合成∼)。この反応では、無水酢酸のカルボニル基が、サリチル酸の OH 基を引き寄せ、酢酸を追い出します。これまでの例では、カルボン酸から水分子が追い出される反応でしたが、カルボン酸に限らず、この「引き寄せて、追い出す」のメカニズムにより反応が進行します。
続いて、私たちの身の周りで目にするエステルの話。つまり、合成繊維として利用されているポリエステルにも、もちろん今回のエステル化反応が関係します。下の例では、2 つの OH 基を持つエチレングリコールと 2 つの COOH 基を有するテレフタル酸を利用します。縮合反応により、倍々ゲーム的に分子鎖が成長することでポリエチレンテレフタレート (PET) が合成されます。(私が調べた本によると、この縮合反応では酸触媒は使わず、200 ºC の溶融状態で反応を行うそうです。(4))
この種の反応を全て紹介していくときりがありませんが、大学学部相当の反応も紹介します。そのための準備運動として、エステル生成の反応機構をもう一度思い出します。脱水の際の四面体中間体は、2 つの OH 基を持ちます。今までは、カルボン酸がもともと持っていた OH 基がプロトン化されて、脱離するような反応機構を書いていました。しかし、本質的にはどちらの OH 基が脱離したかを区別することはできません。つまり次の反応式の下段のように、カルボニル基由来の酸素が水となって追い出されてもよいわけです。
これを踏まえると、OH 基を有するカルボン酸に限らず、他のカルボニル化合物であっても、カルボニル酸素を水として追い出す縮合反応が可能であると考えることができます。そのような例として、ケトンやアルデヒドとアミンの反応による、イミン形成反応あるいはエナミン形成反応が挙げられます。これまでの反応と異なる点は、アミンは、アルコールよりも求核性が高いため、カルボニル基への付加の段階では、酸触媒が不要であることです。ただし、水の脱離の段階では、OH 基のプロトン化による脱離能の向上が必要であるため、反応は弱酸性条件で行います。
これらの反応は、3 成分の縮合反応や複素環合成反応の基礎になります。それぞれ一例ずつ紹介しましょう。脱水の際に生成したイミニウムが第 3 の成分を引き寄せることでの多成分縮合反応へ発展します (Mannich 反応)。一方、アミンとの反応に 1,4-ジカルボニル化合物を用いると、1番目の縮合反応に続いて、分子内で縮合反応が進行し、ピロールを与えます (Paal-Knorr ピロール合成; 関連記事 有機反応を俯瞰する —ヘテロ環合成: C–X 結合で切る)
というわけで、今回はエステル合成に代表される縮合反応の反応機構を解説し、このメカニズムが様々な反応に見られることを紹介しました。この記事でお話しした内容は、あまりにも基礎的であるため、Chem-Station 内の ODOS では当たり前のように登場します。今回は、高校化学で登場する有機反応を中心に、その反応機構を紹介して終わります。
反応名 | フロー式 |
Fischer-Speier エステル合成 | |
サリチル酸メチルの合成 | |
サリチル酸のアセチル化
(アスピリンの合成) |
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アニリンのアセチル化
(アセトアニリドの合成) |
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フタル酸の脱水 | |
ポリエステルの合成
(PET の合成) |
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ナイロン 6 の合成
(ε-カプロラクタムの開環重合) |
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カルボニル基の保護
(アセタール化) |
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Stark エナミン合成 | |
Mannich 反応 | |
Paal-Knorr ピロール合成 | |
Paal-Knorr フラン合成 | |
脚注1:水と水酸化物イオンを比較すると水の方が脱離能が高いのはなぜですか?
この質問に答えるために比較するべき化合物は「水 (水酸化物イオンの共役酸)」と「オキソニウムイオン (水の共役酸: H3O+) 」となります。このとき、オキソニウムイオンのほうが pKa が小さいです。したがって水が水酸化物イオンを放出する能力とオキソニウムイオンが H2O を放出する能力を比べると、後者の方が高いと言えます。この議論をエステル化における四面体中間体にそのまま適用すると、四面体中間体は水酸化物イオンとして OH を放出するよりも、OH でプロトン化を受けて H2O として放出しやすいとなるのです。
このように脱離反応の起こりやすさの議論を酸解離平衡の起こりやすさに議論にすり替えることで、脱離基の脱離能を定量的に比較することができます。その理由は、脱離基の共役酸の pKa が小さいことは、その共役酸が脱離基を放出しやすいことを意味するからです。ところで、塩基の共役酸の酸性度は、塩基自身の塩基性度と密接に関係しています。そのため、「脱離基の共役酸の酸性度が高いほど、その脱離基の脱離能が高い」ことは、「脱離基の塩基性度が小さいほど、その脱離基は脱離能が高い」と言い変えることもできます。なぜわざわざ脱離基の塩基性度を直接比較せずに、「脱離基の共役酸のpKa」という面倒な表現するのかというと、pKa の方が化学便覧や化合物の物性値のデータベースに豊富に掲載されているからです (例えばこちら)。
(2019 年7月11日加筆)
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